午前中の診察中に、「交通事故の猫が来ます!」と、電話を受けたスタッフから声がかかった。
院内に緊張感が走る。
「駐車場の私の車の下にいたみたいで、気がつかないでそのまま発進したらこの子がいたんです!」と、一人の女性がぐったりした黒猫を連れてきた。
すでに心臓も止まりかけており、マッサージや人工呼吸をしたけれど助けてあげられなかった。
肋骨骨折、肺挫傷、大腿骨骨折など、ざっと視診・触診でもそれくらいの外傷がわかった。
ノラ猫なのか、飼い猫なのかわからない。
炎天下の中、日陰を求めて車の下で寝ていたのだろう。
その女性はよほどショックだったようで「ごめんね、ごめんね。」と泣いておられた。
「あなたが悪いわけではないと思いますよ。」と慰めるのだが、しばらくの間泣いて、そのうちしっかりと「ちゃんと葬ってあげようと思います。」と、なきがらを連れて帰られた。
動物を轢いてもそのまま放置する人もいるし、生まれてきた子犬や子猫を捨てたり川に流したり、埋めたりする人もいる世の中で、今日の女性は気の毒ではあるがとても暖かい人だった。
僕らにとっては交通事故で運ばれてくる動物はあまり珍しいものではない。
でも、轢いてしまった人、交通事故にあった動物の飼い主さんにとっては一生に一度くらいの経験かもしれない。
もしもそれが自分の大切な動物であったり家族であったりしたら、と考えると改めて交通事故が怖くなる。
猫を外に出さないで〜!と、叫びたくなる一瞬だ。
そして、今日一日の診察も終わり、病院を掃除して帰る直前、新人のスタッフが「あら、今、猫が診察室のほうへ走って行きましたよ。黒い猫でした。」と、普通に言った。
「え?」、入院室には黒い猫はいないはずだし、もし、いたとしても脱出できるわけはない。
彼女はうちに入ってまだ1ヶ月で、そんな冗談を言う人でもないし、まったく嘘をついているふうもなく、彼女自身が一番不思議そうな顔をしていた。
まして彼女は今日亡くなった猫が黒い猫だったとは知らなかったはず。
僕らは全員で入院室をチェックして、診察室や処置室などを見回ってみた。
でも、何もいなかった。
スタッフが見たもの、黒い猫の影、いったい何だったのだろう。
まったく怖くはなかったし、いやな感じもしなかった。
みんなでわいわい言いながら病院を出た。
うーん、不思議だ・・・、何だったのかな・・。