6才のコーギー、バリー(仮名)のリンパ節が腫れているのに気づかれたのが去年の夏の終わりでした。
お母さん(飼い主さん)はすぐに病院に連れて来られましたが、細胞診の結果、残念ながらリンパ腫であることが判明しました。
念のため、病理検査に出して専門家にも見てもらいましたが結果は同じでした。
結果をお母さんに説明します。
リンパ腫(血液の癌)であること。
幸い、化学療法(抗癌剤治療)に効果が期待できること。
治療しなければ2ヶ月くらいで亡くなること。
化学療法の治療間隔や料金、副作用のこと。
「抗癌剤を使えば治りますか?」と、当然の質問が返ってきます。
「残念ながら治すことはできません。寿命を延ばしてあげることはできます。」
「どのくらい延びますか?」
「タイプにもよりますが、平均するとおおよそ1年から1年半くらいでしょうか・・。」
「たった、たった、それだけ・・・?」
この会話は非常によくある会話です。
そして、おうちに帰られて数日間、ご主人と相談されました。
改めて来院され、もう一度最初から説明をして欲しいと頼まれ、もう一度、診断や病気そのものの説明、そして治療方法や予後(寿命)の説明をくり返しました。
そしてお母さんが出された結論は「治療はしないことにします。」でした。
それぞれの家庭にはそれぞれの事情があります。
家族のように大切に愛している動物であっても、極端なことを言えばたとえ可能であっても動物のためにアメリカまで心臓移植に行くことができる飼い主さんはほとんどおられないでしょう。
そこまで大げさなことではありませんが、リンパ腫に対する化学療法もかなりの時間と費用を必要とします。
それで1年しか生きてくれない、と感じられるのは当然のことかもしれません。
それから2週間してバリーとお母さんが再び来院されました。
バリーは痩せはじめ、呼吸が苦しそうになっていました。
苦しそうなバリーを見ることが辛くて仕方ない、けれど化学療法はできない、安楽死もできないと、お母さん自身もとても苦しんでおられました。
バリーにとっては呼吸が苦しいのは辛いことでしょうが、死の恐怖だとか、治療が受けられないことに対する恨みつらみはありません。
逆にバリーのほうが、ふさぎこんでいるお母さんを心配している様子でした。
抗癌剤ではありませんが、ステロイド療法という方法も最初に説明してありました。
ステロイドはリンパ腫の動物の寿命を延ばしてはくれませんが、ある程度生活の質を改善してくれる薬です。
化学療法の時には抗癌剤と併用することも多いです。
バリーのお母さんは、せめてステロイドで楽になれるならと、ステロイドの処方を希望されました。
数日後、再び来院したバリーとお母さんは見違えるように表情が明るくなっていました。
バリーは呼吸が楽になり、活発になり食欲も増していました。
ですが、リンパ節にはほとんど変化がありませんでした。
それから3ヶ月たって冬が始まるころ、家族に看取られながらバリーは静かに息をひきとりました。
お母さんはその間、もしかしたら奇跡が起こってくれないかと何度も何度もバリーと一緒に来院されました。
そしてバリーの飼い主として化学療法を選択しなかったことについて、どうしてもご自分を責める気持ちが収まらず、悩み傷つきながらの3ヶ月でした。
バリー自身は、最近は病院に来ても何も痛いことをされないし、怖い先生がとっても優しくしてくれるからと病院に来るのが大好きになっていました。
診察室を元気に走り回っていましたが、来院のたびに体重は確実に減少していました。
お母さんはバリーが亡くなったあとも何度か来院され、バリーの最後の様子を話されたり、また、「バリーは痛くなかったでしょうか?」、「バリーは苦しくなかったのでしょうか?」といった質問をしておられました。
バリーの寿命はわずか6年ほどでした。
お母さんは化学療法を選択されませんでしたが、バリーは幸せだったと思います。
動物を飼うということは最後まで責任を持たなければなりません。
ですが、その責任というのは何も高額な治療費を使って高度医療を受けることだけが責任を果たすということではありません。
それぞれの飼い主さんが、ご自分たちの家庭内でできる範囲で責任を負っていけばよいと思います。
動物を捨てたり虐待したり、外へ放したり、ノーリードで遊ばせたりする無責任な飼い主さんに比べたら、バリーのお母さんはなんて素敵なお母さんなんだろうと思います。
バリーはきっと天国で楽しく遊んでいるでしょう。