生後2ヶ月にも満たない子犬がやって来た。
家に来てからまだ2、3週間。
前日までなんともなかったのに、ふらつくようになったとのこと。
小学生の子供さんたちと大いに遊んでいるため、まず、時々トイ種の子犬にみられる低血糖性のふらつきを考える。
血液検査をしてみたら、肝酵素値(GPT、GOTなど)が異常に高く、アンモニアも高い。
逆にBUN(尿素窒素)と総蛋白値が低い。
血糖値は正常だった。
GPT(ALT)やGOT(AST)は肝細胞に含まれる酵素。
何らかの理由で肝細胞が破壊されたときに細胞内から血液中に流れ出る。
肝酵素値の上昇=肝機能不全ではないけれど、測定不能なほど高くなっているため、肝臓のかなりの部分で肝細胞が壊れており、機能も怪しくなってきているはず。
有毒なアンモニアは、腸管内で腸内細菌によって産生されて血管から吸収され肝臓へ運ばれる。
肝臓は様々な働きを持つ巨大工場のようなもので、有害なアンモニアを分解してくれる。
しかし、肝機能不全があると、そのアンモニアを分解することができなくなるのである。
有毒なアンモニアは脳に影響を与え、肝性脳症という神経症状を起こしてしまう。
ふらつきもそうだし、痙攣発作などを起こすこともある。
お話しをよく聞くと、ふらつく以前にも顔がゆらゆら揺れていたり、部屋の壁際を壁に沿って歩いていたそうだ。
これらも神経症状の一つである。
BUN(尿素窒素)は通常腎臓の機能を調べる時にみることが多い。
すなわち、摂取された蛋白質は肝臓で分解を受け利用される。
しかし、不要なものも出てくるわけで、それらはさらに分解されアンモニアとなり、さらに尿素というものになる。
そして、腎臓へ運ばれて行き、尿中に捨てられるのだ。
腎不全の時にはこれを捨てることができないため、血液中の尿素が濃くなる。
尿素に含まれる窒素を尿素窒素(BUN)という。
しかしこの子犬はBUNが低かった。
これは腎臓での排泄以前の問題であり、肝臓がこれを作ることができない状態、すなわち肝機能不全が示唆される。
総蛋白も肝臓で作られる免疫蛋白のこと。
子犬はもともと成犬よりも数値が低いが、肝機能不全があっても当然数値が低くなる。
ここまでの検査と状況から、先天性の「門脈シャント」という病気が強く疑われる。
腸管から吸収された栄養分やアンモニアなど、すべてのものは門脈という大きな血管を通って肝臓に運ばれる。
そして肝臓で分解されたり、生産されたり、貯蔵されたりする。
肝臓自身も血液からエネルギーの供給を受け、大きく育っていく。
しかし、門脈シャントとは、その門脈から付近の大きな静脈へ「バイパス」ができてしまっている状態なのである。
そのため、肝臓を通過せずにさまざまな吸収物が直接身体の中を駆けめぐる。
アンモニアが脳に行き、神経症状を起こす。
肝臓自身も栄養不足となり、肝細胞が死んでいく。
確定診断はエコーや造影を使ったレントゲン、CTなどでバイパスになっている血管を見つけること。
食前・食後の総胆汁酸の測定も有効。
治療については、内科的治療でうまくコントロールできなければ、開腹し、バイパスとなっている血管(シャント血管)を縛ってしまわなければならない。
しかし、肝機能不全を起こしている、わずか800gの子犬が麻酔に耐えられるかどうか。
飼い主さんと相談して、家族会議を開いてもらい、大学病院への紹介も含めて今後の治療を検討してもらうことになった。