スクリーンでは冷徹な役柄が多かったカッシングだが、素顔は誰もがその人格を讃える温厚で高潔な紳士として映画関係者には有名であった。大変な愛妻家としても知られていたが、1971年に妻ヘレンを亡くして以降は体調を崩し、容貌も衰えが目立つようになった。『ドラキュラ'72』(1972年)には娘がいる役で出演予定であったが、妻の死のショックで老け込みが目立った為、急遽孫娘との設定に変更されたという。
出演したホラーやファンタジー映画の多くは低予算作ながら、創意工夫に満ちた傑作・名作が多かった。しかし、中には評価の低い作品もある。そのような映画でも常に妥協せずに挑み、孤高の演技を残してきた。19世紀以前を舞台にした作品が多かったので、小道具(プロップ)についても時代背景に合致した物にこだわり、リストを作って製作サイドに要求していた。その為に製作現場ではプロップ・カッシングなどと呼ばれていたという。しばしば「カッシングの出演が映画の格を一段上げた。」「カッシングの演技が唯一の見所である。」との旨の評価をされる。