書こうか、書くまいか、迷っていたのだけど、正直に書こうと決めたブログなのだから書くことにした。
まず、始まりは今から5年くらい前のこと。
診察が終わった時間に電話がなった。
「今、目の前で犬が車にはねられました!すぐに診てください!。」とのこと。
工事現場などによくある青いブルーのシートに乗せられて1匹の柴犬が連れて来られた。
口と鼻から血が出ており、呼吸困難でショック状態に陥っていた。
横たわり、息をするのがやっと。
まずは聴診で心拍を確認。
心臓は意外としっかりとしているな、と思いつつ、酸素吸入や静脈留置を行ないながら全身状態を検査する。
そおっと体を触ってみる。
背骨が折れていた・・・。
その柴犬を連れて来てくれた人はまったくの通りすがりの人。
車を運転していたら、前の車が犬をはね、そのまま去って行ったらしい。
動物に対して愛情を持ってくれていたその人は、車を止め、血だらけになった犬を自分の車に乗せて、診てくれる動物病院を電話で探された。
何件かのうち、僕の病院に電話があり、診ることになったのだった。
これが人間ならば、救急車を呼べば、とりあえずどこかの病院には運んでもらえるのかもしれない。
でも、動物にはそうしたシステムがない。
僕の病院に運んで来てくれた人は本当にうれしそうに「ああ、よかったです。これで安心です。他の病院では飼い主さんの不明な動物の治療はできないと断られました。」とおっしゃっていた。
でも、僕の病院だって、年間どれくらいの野良ちゃんたちや、野生の動物が運ばれてくるかわからない。
全部の動物を診ること、そして世話をすることは物理的に不可能だ。
だけど、目の前で血を吐きながら苦しんでいるワンコを見捨てることもできない。
スタッフたちと懸命に治療をした。
結果的には、折れた背骨を治すことは僕にはできなかった。
一生涯、下半身不随。
歩けないし、おしっこが自分ではできない。
誰かが手で、膀胱を圧迫して排尿させなければならなくなった。
誰が、飼う?
拾ってくれた人に電話をしてみた。
「命は助かりました。でも、一生介助が必要です。飼っていただけますか?」
「・・・。」
結局、見捨てることができなかった病院の女性スタッフが一緒に暮らしてくれることになった。
日中は病院で暮らし、手で膀胱を圧迫して排尿させ、夜には彼女の家に帰る。
そういう暮らしをずっと続けていた。
そのワンコは事故の頃から腎臓が悪くなりつつあるのがわかっていた。
慢性腎不全である。
ワンコでも人工透析や腎臓移植は可能であるが、費用が莫大なものになるし、ごく限られたところでしか不可能である。
僕の技術では腎臓移植はできない。
腎臓がダメになってしまうのを少しでも遅らせるために食事療法をはじめ、さまざまな予防、治療をおこないながら、そのワンコは彼女と一緒に幸せに暮らしてきた。
ワンコが幸せだったのは間違いないと思う。
そして、ここ1ヶ月、急速に症状が悪化した。
世話をする彼女はその時は僕の病院を退職していたのだが、「できるだけのことをしたい。」と自分のすべての時間をそのワンコに捧げていた。
僕も知りうる限りの知識や情報を彼女に提供した。
そして、今日、そのワンコが亡くなった。
「院長、たった今、亡くなりました。ありがとうございました。」と彼女から電話があった。
現スタッフや元スタッフたちがみんなそれぞれ彼女の家を訪れて、亡くなったワンコに会いに行ったそうだ。
みんな、ありがとう。
そして、ワンコ、彼女、本当にありがとうね、お疲れさま。
悲しくて悲しくて仕方ないのではあるけれど、彼女は彼女なりにできる限りのことをやってくれていたのだし、僕らも病院としてできる限りのことをしたのだから、これがあのワンコの寿命なんだと思う。
スタッフのみんなはきっとかなりブルーなんだろうな・・・。
だけど、明日からはまた頑張ろう。